原点忘れてもよし、思い出すべし。

こんにちは。すみれです。

昨日2月8日、横浜アリーナで行われたGLAYの20周年記念のアリーナツアーへ行ってまいりました。

S__18202626

みなさんはGLAYという4人組ロックバンドをご存知でしょうか?大学生くらいの年齢層であればHOWEVERやWinter,againあたりは聴いたことのある人が多いかもしれません。社会人の方であれば青春時代はGLAY全盛期!なんて方もいるでしょう。大学1年生かそれ以下の人たちはもしかすると存在自体知らないかもしれませんね。(現にわたしのバイト先の塾で受け持ってる子は誰もGLAYを知らず切ない思いをしました。)

実際20周年記念ということはメジャーデビュー時にわたしは1歳で、またHOWEVERのリリースが1997年、Winter,againが1999年なので仮にその辺りを全盛期だとすると、全盛期時にわたしはやっと小学生になったくらいで、いくらませガキであったとは言え自発的に音楽に目覚める歳ではありません。ですが、わたしはその頃からずっとGLAYを聴いていました。

それは兄の影響です。わたしには9歳年上の兄がいます。彼はおそらく中学生の頃からGLAYの大ファンで、当時はカセットテープなるものにせっせと録音して車の中で聴いたり、直径8cmのCD(現在は12cm)を買い集めたりしていました。彼は特にベースのJIROが好きで、JIROのポスターをはじめ、部屋には雑誌の切り抜きなどがたくさん貼られていました。

さて、現在に話を戻しますと、わたしは先日の記事で書いたように、今はもっぱらback numberのファンをやっております。GLAYのライブに行こうと思ったのは本当に大した理由もなくて、4日水曜日に暇すぎてチケットぴあのサイトを眺めていたらGLAYのライブ立見チケットがリセールされていて、8日の日曜!ちょうど暇だし行こう!!なんて非常に軽いノリで行くことにしたのです。(水曜から日曜まで家と電車では無限にGLAY聴くくらいの本気は出しましたので熱心なファンの方お許しを)

ですが当日。横浜アリーナのド派手なセットからGLAYが登場した瞬間から、わたしは終始半泣きでした。ライブが終わり電車に駆け込んで、感動をTwitterにしたためようとすると、まだ少し手が震えていました。back numberのライブで泣いたことはありますが、それはあくまで何かの記憶が引っ張りだされた結果の涙です。昨日湧き上がったのは、彼らの声、姿、存在を感じて反射的にこみ上げたと言っても過言ではないほど、思考とは無関係な涙と震えでした。

帰りの電車でふと、その昂りの理由がわかりました。

「あぁ、わたしにとって、音楽の原点はGLAYにあったんだ」、と。

そして音楽の原点は兄姉というわたしの原点と密接に繋がっていると。

まだ幼かったわたしは、HOWEVERやWinter,againが読めずに「グロリアスかけて!」と兄にせがんだり。兄の雑誌か何かに書かれていた『口唇』の歌詞を見ながら、姉とそれを暗記するまで一緒に口ずさんだり。反抗期真っ盛りで部屋の壁を殴って穴を空けた兄が、それを隠すためにこっそりGLAYのポスターを移動させたり。

わたしは兄や姉がいたからこそ人間的に成長したと思っている部分が多々あって、その原点となる時代にはGLAYが流れていたんです。音楽家でありこまば秘密基地のメンバーでもあった酒本さんは、「音楽は感情を保存する」と言いました。思い出せないほど昔の感情が、記憶にはないけれどわたしのどこかに蓄積されていて、それが彼らの演奏を聴き響いて、昨日の気持ちの昂りはあったんじゃないかなと思います。


原点に触れて何かが昂った経験は去年にもあって、それは加藤嘉一さんの講演会に行ったときです。わたしは東京外国語大学中国語専攻で、入学当初は日中関係改善に努める人間になりたいと考えていましたが、現在ではまったくその専門性を発揮せずに生きていますし、そちらの方面への興味は薄らいでしまっています。そんな状態で聴きに行ったその講演会後に書いた文章から、一部を抜粋。

***

おととい、ある講演会に行ってきた。登壇者は加藤嘉一。私は高校3年生のとき、彼の著書『われ日本海の橋とならん』を読んで感銘を受け、中国に興味を抱いた。しかし当時は東大文Ⅰしか考えておらず、あくまで第二外国語は中国語にしようとだけ考えていた。浪人の年の秋、彼が週刊誌で学歴詐称と叩かれ、私はその記事を読み失望した。しかしその際、週刊誌の内容、はたまた加藤氏の本の内容についてさえ、全てを盲目的に信じるのは違うのではという結論に至り、もっと幅広く深く中国を学びたいと思い、後期の大学を東京外大の中国語科に決めた。彼は間違いなく私の人生の分岐点に立っている。

正直、講演会にあたって半分はあまり期待していなかった。憧れには往々にして自分の思い込みが大きく加わっているし、ましてや3年前の憧れだ。がっかりする可能性は考慮に入れて行った。

ところが、彼が現れ、私の2mほど先に座った瞬間、手が震えた。動悸が激しくなった。私の目の前に立ち語り始めた彼の言葉を、これ以上ない速さで私の手は書き写した。

***

わたしの外大生活の原点は彼でした。学歴詐称していようがいまいが、彼がわたしのひとつの原点を作ったというのは紛れもない事実で、それに触れ直したとき、わたしには多くの発見が生まれました。



原点というものには、不変なもの、不変であるべきものも多くあるとは思いますが、可変的なものもまた多くあり、時間が経つとその原点を稚拙なもののように感じたり、忘れてしまうなんてこともあるかもしれません。それでいいんです。むしろ忘れた方が良い原点もあるかもしれません。ですが、わたしが加藤さんの講演会やGLAYのライブで心震わせ、そこから記憶を辿ったり新たに自分と向き合ったりして得たものが多くあるように、原点を見つめ直すことはきっと自分にとってプラスになりえます。原点は自分のあらゆる分野に存在し、それらは「原点に立ち返ろう!」と考えて思い出すというよりは、ふと自分の前に姿を現すような気がします。そこで、こんなものは過去の憧れだ、今では大したものとは思わない、なんて風に見過ごすのではなく、少し手に取ってまじまじと見つめてはどうでしょう。過去の自分を動かした何かは、必ず今の自分のエッセンスとなっていると、わたしは信じてやみません。

わたしが小説にハマり始めた原点となった作家は、日本人だと乙一が最初なので、乙一の作品を読み返してみようかなと思います。

それから遅ばせながら今日からGLAYの追っかけ始めます。だってかっこいいもん。TERUは老けたけどだからこそ麗しいし、TAKUROはあまりにセクシーだし、JIROは相変わらずイケメンだし、HISASHIは昔よりかっこよくなってるし。おっと、長くなるのでやめましょう。以上、すみれでした。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中