ただ座るだけのワークショップ!? 非構成エンカウンターグループとは?

先日、非構成エンカウンターグループというワークショップに初めて参加してきた(こちらのワークショップ)。ワークショップの手法もさることながら、ここで起きた対話の内実に関して非常に知的好奇心が刺激された。せっかくなので(初めての体験は定義上一回しかできないので)なるべく感じたことを言語として残し、未来の自分や、このワークショップに興味がある人のために残しておきたいと思う。


<歴史と背景について>

非構成エンカウンターグループは、アメリカの心理学者カール・ロジャースによって考案された「クライアント中心療法」というカウンセリングの手法を基にしている。ロジャースは、患者(Patient)ではなくクライアント(Client)として自らの元に訪れた人を捉えた。この根底には、フロイト的な人間の心の傷は決して癒えることのないという立場とは真逆の、人間は心の傷を癒やす力を生まれつき持っているという立場が存在する。

これは、患者に対して専門知識を用いてカウンセリングするという権力関係を発生させることなく、クライアントが気付き考えることを促進するのがカウンセラーの役割であるという考え方に繋がっていく。この考え方に基づき、初期には「非指示療法(Non-Directive Theoy)」を展開した。ここでは、クライアントの発話や感情を鏡のように繰り返すことで、クライアント内部の経験や感情をいったん外部化し、クライアントへ気付きを与えることを目指した。

これが発展して、「クライアント療法」となり、クライアントの感情に共感して肯定することによって、クライアントが自分自身を肯定できるようになることを目指す。そこでは、カウンセリングする側は、どのように在るかという在り方の問題(Presence)が最も大切なことであるとされる。(ちなみにこれらの考え方はNon-Violent Communicationと近い気がする。そこでも、どう在るか、どう場に立つかが問題とされるが、その源流はロジャースにあるのではないか)


<ワークショップについて>

非構成エンカウンターグループの手法は非常に簡単である。それは車座になってただ単に座るというものである。逆説的だが、この徹底されたシンプルさが奥深さを生んでいる。ワークショップを創ろうとするとき、ついつい様々な意図を込めてプログラムを創り込みすぎてしまう。けれども、ワークショップデザイナーの意図が、来場者と一致するという保証はまったくない。ましてや、来場者へ想像力の翼を広げて何人かと合致したところで、それは全員と合致する可能性は極めて低い。だから、このシンプルさが、場から奥深い学びを生み出すことに繋がる。しかし、ただ単に座るというときに、それは完全に非構成なのではなく、実は非明示的にだが、いくつかの基盤がデザインされていることにもなると思う。いったい、何がデザインされているのか?

  • 第一に「座る」という姿勢がデザインされている。ヴィパッサナー瞑想でも思ったことだが、どうも人間は座るという行為が苦手なのではないかと思う。二足歩行の動物なので立つや歩くというのにそこまで違和感を感じることはないだろう。また一日中寝ていることを辛いと思うことは少ないと思う。けれど、座りっぱなしというのは意外と辛い(だからこそ、椅子というものが発明されたのだろう)。それがよい緊張感を生むのに役立っていると思う。
  • 第二に「沈黙」がデザインされている。ただ座るとき、そこには発話の指示はなされていない。車座で座るという非日常に指示なしで飛び込んだ誰もが、言葉を発することなく沈黙する。この沈黙ゆえに、内省が進むし、言葉も研ぎ澄まされる。そして沈黙による対話を経て、言語による対話が深まりを増す。
  • 第三に、「場への集中」がデザインされている。書かれていることや言われていることではなく、書かれていないことや言われていないことに注意を払うのが哲学の基本だが、ここでも同様に「車座になって座る」というシンプルな指示が他の可能性を奪っている(潜性力を弱めている)。スマートフォンもなしに、初対面の人もいる場で、じっと沈黙の中にあり続けるという体験は、どう考えてもデザインされたものなのだ。だけど、指示のシンプルさがそのことを覆い隠している。そして、その指示は、外部との「切断」効果ともなり、その場への集中を余儀なくさせる(もちろんお茶をのんだり、寝たりしてもいいのだけれども、そのことはあくまでも例外的な動作だと思わせるように仕掛けられていたと思う。

<ファシリテーターについて>

さて、ただ単に車座になって座るといったとき、ファシリテーターはいったいどんな役割を果たせばいいのだろうか。今回の主催者のヘルメの言葉を借りれば「参加者と同じ立ち位置」であり「飲み会の幹事」のようなもので「場所の確保やタイムキーピングはするが場そのものでは参加者として楽しむ」ということのようだ。しかし、ヘルメからはさまざまな実践者の例をもとに、いろいろなファシリテーターの在り方があるということを聴いた。ただ笑顔で頷くファシリテーターも、結構鋭い問いを重ねるファシリテーターもいるらしい。ヘルメの師匠にあたる人は、さまざまな実践を知り、いろいろな技術は知っているが、いつも同じ在り方をしているらしい。

それを聴いて考えたこととしては、そのファシリテーターの在り方が場に与える影響は大きいということだ。ファシリテーターは参加者と同じ立場というのはほんとうのことだと思う。けれども、非構成エンカウンターグループは指示がシンプルで構成されていないがゆえに、構成メンバーその一人ひとりの影響力というのは甚大である。誰もが、場の流れを創る力を持っている。そして、ファシリテーターは幹事であるから、場の構成メンバーのほとんどがもともと知っている関係にあると共に、場からある種の期待をされているそれゆえ、ファシリテーターの意図とは無関係に、周りからの期待によって、場に対する影響力はファシリテーターが最も強いという結果になる。このことが、主催者によって十人十色の場を生み出すことにつながるのだろう。だから、ファシリテーターが誰なのか、その人はどういう意図を持っているのか、何を語るのかは非常に重要であると思われる。


<構成的エンカウンターグループとの比較について>

なお、非構成エンカウンターグループと対照的な構成的エンカウンターグループというものもある。こちらは、日本の心理学者である國分康孝によって考案されたものであり、プログラムが組まれているワークショップである。プログラムの構成などについては「エクササイズ」と「シェアリング」によって構成されるということだけを紹介するに留め、あとは参考文献をご覧いただくこととし、ここでは非構成エンカウンターグループと構成的エンカウンターグループの違いについて紹介したい。

  • 参加者の面では、前者は自発的に集まってきた人々を対象とするのに大して、後者は教室にいる子どもたちなど自発性のないグループに対しても行うことができる。
  • また、時間の面では、前者は長い時には2週間、少なくとも3泊4日といったような長時間を要するものであるのに対して、後者は3時間のような短い時間でも行うことができる。
  • さらに、ファシリテーターの資格という面では、前者はコントロール不可能になったときに参加者に心的外傷を残さないようにファシリテーターが介入する必要があるので、ファシリテーターはある程度の心理学的知見を身につけていることが必要であるが、後者の場合、ある程度は対話の内容などに制限がかかるので、熟達したファシリテーターである必要は必ずしもない。

これらのことから分かるように、構成的エンカウンターグループは、非構成エンカウンターグループの長所を残しつつも、より大規模に、より短時間で、非熟練のファシリテーターによって行うことができるように改良されたものであるということが言える。したがって、非構成的エンカウンターグループがやはり源流に存在するのである。


導入に、非構成エンカウンターグループの概要をかいていたら思ったより長くなってしまったので、以上の非構成エンカウンターグループに関する概説を含め、いくつかの記事によって構成することにしたい。まず、僕が実際に参加した非構成エンカウンターグループで序盤に起こった、「沈黙」についての考察から始めたい。


<Back Number>

ただ座るだけのワークショップ!? 非構成エンカウンターグループとは?

「沈黙」のデザイン論 (非構成エンカウンターグループで起こったこと1)

「やり残したこと」ありますか? (非構成エンカウンターグループで起こったこと2)

なんのために問いを立てるのだろうか? (非構成エンカウンターグループで起こったこと3)

非構成エンカウンターグループ、NVC、瞑想、マインドフルネス、ストーリーテリング、観察…。学びの「場」をジョハリの窓を用いて分析する!!


<参考文献>

児玉龍治. (2013). 大学院生に対するファシリテーター研修グループの試み.

野島一彦, 高田加奈子, 陳香蓮, 土田裕貴, 中野愛, & 野口恵美. (2012). 「コラボレーション方式 Ⅵ」 によるエンカウンター・グループの試み: 段階的に非構成方式に近付けることによるファシリテーター養成について. 九州大学心理学研究: 九州大学大学院人間環境学研究院紀要, 13, 179-189.

・稲垣応顕, 小林真, 丹保弘則, 土合智子, 山岡和夫, 多賀香世子, … & 川上純子. (2004). 高校生に及ぼす構成的グループエンカウンターの効果.

原田慶子, & 岩崎朗子. (2007). エンカウンター・グループが看護学生の自己理解に影響をおよぼす要因. 長野県看護大学紀要, 9, 29-35.

構成的エンカウンターグループとは何か?

構成的エンカウンターグループを利用した人間関係づくり

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中